海外レビュー|『さなぎの猫』を「島を出ること、残ること」から読み解く ― North East Film Journal
映画『さなぎの猫』(監督・脚本:野村有志)について、海外映画レビューサイト North East Film Journal に、Dipankar Sarkar氏によるレビューが掲載されました。
今回のレビューでは、香川県・佐柳島の風景や静かなSFとしての作品構造とともに、登場人物たちが抱える「ここにいること」「ここを離れること」という問題が読み解かれています。
以下、その内容をいくつかのテーマに分けて紹介します。

島を出る人、島に残る人
主人公・靖は、島での生活に不満を抱きながらも、そこに留まり続けている。
一方、千佳は島を離れ、別の場所で生活している人物だ。久しぶりに島へ戻ることで、過去とのつながりや、自分がどこに属しているのかという問題が浮かび上がる。
誰かには「もっと良い場所へ行けばいい」と言えても、自分自身にとっての「より良い場所」がどこなのかは簡単には分からない。
『さなぎの猫』は、島を出れば人生が変わるとも、島に残ることが正しいとも描かない。
それぞれの人物が、今いる場所と別の場所との間で揺れている。
日常に入り込む「異物」としての花子
海岸に漂着した謎の女性・花子は、島の日常の中へ突然入り込んだ「異物」である。
未来都市や巨大な装置、派手な特殊効果でSF世界を作るのではなく、すでに固有の歴史と生活を持つ佐柳島へ、説明のつかない存在が現れる。
そのため物語の中心は、「花子は何者なのか」という謎を解くことよりも、理解できないものが日常へ入り込んだとき、人々がどう変化するのかへと移っていく。
花子自身が大きな行動を起こすわけではない。
それでも彼女がそこにいることで、靖や千佳たちが抱えていたものが少しずつ表面に現れていく。
佐柳島の風景
島の家々、細い路地、神社、海岸、夜空。
佐柳島の風景も、単なる背景ではなく、登場人物たちの生活や時間を形づくるものとして作品の中に存在している。
SF的な出来事が起きても、島そのものの時間は大きく変わらない。
その静けさの中に説明のつかないものが入り込むことで、『さなぎの猫』独特の不条理さが生まれている。

「より良い場所」とはどこなのか
より良い人生を求めることは、同時に、今ある何かを手放すことでもある。
島を出ることが必ず幸福につながるわけではなく、島に残ることが失敗を意味するわけでもない。
どこかに完璧な居場所があるのではなく、不完全な場所と自分との間にあるつながりを、どう受け止めるのか。
North East Film Journalのレビューは、『さなぎの猫』をそんな「居場所」の物語として読み解いている。
レビュー全文(英語)は、こちらからご覧いただけます。
Review: Cat Pupa – North East Film Journal
『さなぎの猫』(CAT PUPA)
監督・脚本:野村有志
出演:浅雛拓、鳩川七海、一瀬尚代、野村有志
撮影監督・編集・製作統括:武信貴行
2022年/日本/88分



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